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常在芝上ージョウザイシジョウー

フットボールクレイジーによる、ゲームとか日常で感じたこと考えたことに関するあれこれ。ついったー→amtmgtt1208 詳しいプロフィール→http://profile.hatena.ne.jp/kojirou-fc/

「だけど」のあとに来ることば

皆さんこんにちは、コジロウです。

今回は「『だけど』のあとに来ることば」というテーマでお話していきます。

今回、多分に僕の主観と感覚のお話であります。

僕としてはそう感じるというだけで、だからそういう人たちが間違っているなどと申し上げるつもりは毛頭ありません。

毎度のお願いで大変恐縮ですが、「ふーん、コジロウはそう思うね」と受け止めて頂ければこの上なくありがたいです。

 

では本題に入って参りましょう。

「だけど」。

この言葉を聞かない日がありますでしょうか。

日本語を母語とする我々は、一定の年齢以上になれば誰しも意識しないで使いますよね。

僕ね、「だけど」の使い方で、聞いていてすごく違和感を覚えるときがあるんです。

日常会話だったり、たわいないおしゃべりで使う分には、聞いていて何も問題ないです。

ただ、仕事だったり趣味だったりで、真剣な議論・意見交換をしているとき。

あるいは悩み相談のとき。

よく聞くフレーズ。

「コジロウの言い分もわかるよ、だけどね、~」

ここで僕は「ん?」と思うわけです。

何が引っかかるか、ご説明します。

 

以下の例文をお読みください。

①「Aくんは運動はできる『けど』、勉強ができない」

②「Aくんは勉強はできない『けど』、運動ができる」

 

いかがでしょう?

①も②も言っていることは同じです。

ですが、どちらの言い方のほうがAくんを好印象として捉えられるでしょう?

おそらく②かと思います。

つまり、「けど」のあとに何が入るかで、同じことを言っていても相手に与える印象がガラッと変わるのではなかろうかと。

ということは、話し手の本当に伝えたいことは、「けど」のあとに来るものなんですね。

 

ここで、もう一度、上述したよく聞くフレーズを。

「コジロウの言い分もわかるよ、だけどね、~」

率直に申し上げましょう。

この言い回しを聞くにつけ僕はいつも、「それって結局、僕の言い分を理解しているように聞こえて、でもそれは単なるポーズであって、その実は自分の意見を言いたいだけじゃん」と思ってしまうのです。

うん、我ながらとんだひねくれ野郎ですね。

でも僕は思うのです、本当に相手の言い分に理解・共感しているのなら、「自分としてはこう思うよ、だけど、コジロウの言い分もわかる」という言い方になるはずだ、と。

 

一般的によく耳にする「日本人は自分の意見、主張を伝えるの下手だ」。

でも、今回僕が提起した観点から見るとそんなことはないでしょう、なぜなら「だけど」のあとに自分の考えを述べることって至って普通にあるんですもん。

 

思うに、真剣に意見をぶつけあっているときに相手の言い分を理解してるように見せる必要なんてないんです。

そんなポーズだけ取って見せることに何の意味があるんです?

だって、つまるところ自分の言い分を通したいだけなんでしょう?

だったら大人ぶってないで、最初から自分の主張だけ言ってればいいじゃないですか、理解してるふりをするなんて相手に対して非常に失礼ですよ。

失礼だし、わがままだとも感じるんですよね。

要は「自分の言いたいことは言うけど、人に嫌われたくないんでしょう?」って。

 

つらつら述べてきたお話の結論です。

本当に相手の言い分に納得したのなら、「~~だけど、そっちの言ってることもわかるよ」と、言いたいものですね、と。

滲み出る品性ってそういうものなんじゃないでしょうか。

 

今回も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございます。